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2013年10月14日

大徳寺

 大徳寺には、普段一般公開されている塔頭(大仙院、高桐院、瑞峯院、龍源院)の他に春秋の特別拝観時には本坊と聚光院、芳春院等が公開される。
 夢窓疎石と並ぶ禅林の双璧とうたわれた大燈国師の創建。応仁の乱で衰退後、一休宗純が再興した。
 大徳寺は紫野にある。「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る・・・」に歌われえた紫野は近江の蒲生野であったが、紫野とは紫草(薬草)が生えている野を言う。薬狩りの場であり、皇室や貴族の猟をする禁野とは、つながっていた。京に都が移されたとき、今は大徳寺があるあたりが紫野として指定された。
 大燈国師が定めた寺規十カ条は、勤行、座禅、粥飯、学問の時をきめ、その最後には一日これを怠れば一日食うべからずとある。大徳寺境内を歩くとき、そのきびしさが今も残っているのを感じる。
 塔頭とその庭(拝観できるのは限られているが)を見るとき、そんな禅風を感じ、枯山水であるのに何故か心に潤いを覚える。
 大燈国師と花園天皇との問答の中に次のような言葉がある。 「億劫相別れて、須臾も離れず。」 意は、二人は(その一方は死者かもしれない)何億年も別れているが、しかしほんの一瞬も離れてはいないということらしい。いろいろな解釈ができるが、禅の道でいうならば、真理を得れば(解脱)、釈迦とも離れてはいないということになる。私はこの言葉が好きだ。
 トンチで知られる一休さんは大燈国師の法孫である。後小松天皇のご落胤だったとされている。
 写真は芳春院の庭園とその奥が京都四閣の一つ呑湖閣(ドンコカク)だ。

〒603-8231 京都府京都市北区紫野大徳寺町53  
タグ :洛北


Posted by koyuki at 07:00Comments(0)京都の庭園