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2014年03月30日

芬陀院の雪舟の庭

 後醍醐天皇の元亨年間時の関白一条恵観公が創立。 それ以来、一条家の菩提所となっている。
 雪舟の築造とされる鶴亀の庭があることから、雪舟寺ともいわれる。  入り口の門にある表札にも雪舟寺と書かれている。
 関白一条公は殊に茶道を愛好されたと云われる。 また、一条公の計らいで、雪舟は中国(明)に渡航し、後世に生きた画を多く残すことになる。
 写真は雪舟の鶴亀の庭。
 京都最古の枯山水庭で二重基段の亀島の中心に石が立っているのは、当時の和尚が夜になると石組みの亀が頭や手足を動かして這うので困ると言うのを聞いて、雪舟が大笑いして亀の甲に大きな石を突っ立てたと云われる。
 雪舟が幼い頃、涙で描いた鼠の話を思い出した。
 雪舟は絵を描く前に、必ず酒を飲み、一節切(ひとよぎり:30cm余りの短く細い尺八) を吹き、小唄や漢詩を吟じたらしい。
 残念ながら、雪舟の絵はここにはなかった。
 水墨画で有名な作家の造った枯山水は、また他の庭とは違ったあじわいがあった。
 雪舟の水墨画に描かれる独特の岩の線ともまた異なった眺めである。

 〒605-0981 京都府京都市東山区本町15丁目803

  
タグ :洛東


Posted by koyuki at 07:00Comments(0)京都の庭園

2014年03月29日

タイカレーラーメン

 円町にあるタイカレー専門店「シャム」の自家製カレーペーストを使っている。カレーラーメン専門の姉妹店だ。チキンとポークがあるが、今回はポークを選択。タイ産バジルで炒めた豚の挽肉がトッピングされている。(写真) ライス小もいっしょに注文。麺を食べた後に、ライスを入れると二度美味しい!
 こっちが別の日に食べたチキンの方だ。チキンとポーク両方のせることもできる。
 店の名前は「シャム」。場所は京都府京都市中京区壬生花井町23-4。隣に坦々麺の店がある。  

Posted by koyuki at 07:00Comments(0)麺類

2014年03月23日

石峰寺の五百羅漢

 江戸中期に禅の道場として創建された。竜宮造りの門には、黄檗宗の開祖・隠元の高弟即非の筆になる扁額が掛かっている。
 裏山には、五百羅漢の石仏群が点在している。羅漢像はどれも趣のある表情をしている。十大弟子などを配して、釈迦の誕生から涅槃へ至るまでを表している。江戸中期の画家伊藤若冲が庵を結んで、デザインし十年余をかけて作り上げたものといわれる。
 JRなら稲荷駅で降りて斜めに、つま先上がりの道を民家の間を縫うように行くと長い階段が現れる。階段の上には竜宮造りの門が見える。訪れたのは秋晴れの日だった。門をくぐると本堂へと続く参道の脇にたくさんのコスモスの花が出迎えてくれた。
 夏には高砂百合の白い清楚な花が咲くそうな。高砂とは台湾の古名と聞く。寺の人が台湾から持ち帰って育てたと云う。一度見てみたいと思っている。

 〒612-0883 京都府京都市伏見区深草石峰寺山町26  
タグ :洛東


Posted by koyuki at 07:00Comments(0)京都の庭園

2014年03月21日

穂久彩の和風唐揚げ弁当

 山陰線で綾部まで特急きのさきに乗った。ちょうどお昼時だったので、穂久彩のあの「太秦ロケ弁」を買おうとしたのだが、既に売り切れていた。仕方がないので同じ穂久彩の和風唐揚げ弁当を買って乗車した。山椒が効いていて美味しかった。これ640円は安い。
  

Posted by koyuki at 07:00Comments(0)駅弁

2014年03月16日

東福寺の通天橋

 東山三十六峰の南端の月輪山山麓に位置する臨済宗東福寺派の大本山であり、釈迦如来を本尊とする。広大な寺領に伽藍、塔頭がある。
 摂政九条道家が、奈良の東大寺、興福寺になぞらえて、京都最大の大伽藍を造営したのが東福寺である。
 秋は紅葉の名所として知られ、なかでも境内の谷にかかる「通天橋」からの眺めは美しい。
 この日も観光客で賑わっていた。(11月中旬)
 東福寺は、元は法性寺という天台密教の寺であった。これを道家が政治的配慮(鎌倉幕府に対する)から禅寺・東福寺に改めた。
 九条家の祖である兼実は厚く浄土教の法然を崇拝していた。禅寺にすることについて道家はかなり迷い、病に倒れるが、「霊託」を受け病も治り、東福寺建立を決意する。
 表向きは禅仏教だけではなく、天台・真言と禅を学ばせる本山として、東福寺は建てられた。
 政治的な思惑はうまく運ばず、九条家は滅びたが、東福寺は今に残っている。

 〒605-0981 京都府京都市東山区本町15丁目778

   
タグ :洛東


Posted by koyuki at 07:00Comments(0)京都の庭園

2014年03月15日

元庵で抹茶ぜんざい

 久しぶりに元庵にて一服。庭に咲いていたアセビの白い花の咲く、雨に濡れた庭を眺めながら「抹茶ぜんざい」をいただいた。 帰りに、松露を買うのも忘れなかった。
  

Posted by koyuki at 07:00Comments(0)京都の庭園

2014年03月09日

新熊野神社のクスの木

  後白河上皇は紀州の熊野権現を深く信仰され、1160年に熊野三山をこの地にあった仙洞御所法住寺殿の内に勧請(分霊を移す)して新熊野神社(いまくまのと読む)を創立した。
 以後皇室の尊崇あつく社域も広大であったが、応仁の乱後荒廃した。その後、霊元天皇の時代に聖護院の道寛法親王が再建したのが現在の社殿である。平安期末以来、安産の守り神として信仰されている。
 境内にある樟(クス)の木は後白河上皇お手植えの神木といわれ、創建時に熊野から移植したものと云われる。高さ19m、周囲6mに達する。樹齢830年と云う。それにしても大きい。前を通る東大路の空に大きく張り出している。
 また、ここは能楽の祖、観阿弥、世阿弥親子が應安7(1374)年この地で足利義満将軍を前に神事猿楽を演じたことでも知られている。
 毎年5月4日、5日には新熊野祭が行われ、5日の午後には御稚児さんや宮司、神輿の行列が氏子の地域を巡行する。
 近くには泉涌寺、東福寺などがあるが、観光客はあまり見かけない。あの大きな樟の木がなければ、今熊野商店街の並びにあるので、普段なら、うっかり通り過ぎてしまうかもしれない。

 〒605-0971 京都府京都市東山区今熊野椥ノ森町42  
タグ :洛東


Posted by koyuki at 07:00Comments(0)京都の庭園

2014年03月08日

鶴武者で和風らぁーめん


 京都西院の鶴武者で久しぶりにラーメンを食べた。今回は和風ラーメンを選択。和風ラーメンの出汁にはラーメンの出汁に、3種類の昆布、貝柱、スルメ、干し椎茸、鰹節、サバ節、メジカ節、ウルメイワシ節を加えているそうだ。トッピングの煮玉子は1個追加した。  

Posted by koyuki at 07:00Comments(0)麺類

2014年03月02日

六道珍皇寺の井戸

  「ろくどう ちんのうじ」 と読む。変わった名前だが、歴史がある。 この辺り(東山区阿弥陀が峰の麓)は昔は鳥辺野といわれ、死者を埋葬する場所だったらしい。
 死者の遺骨をこの辺りに捨てて(風葬)葬った。死の世界との境界である六道の辻にある珍皇寺で僧に引導を渡してもらい、鳥辺野に遺骨を捨てる習わしだったという。
 古くから京都に住んでいる人達はお盆になると珍皇子の迎え鐘を鳴らして祖先の霊を迎える。
 お盆の間、精霊の供養が行われた後、大文字の送り火で精霊を送る。その昔は矢田地蔵の送り鐘を鳴らして送ったというが、こちらの方は絶えて久しい。 
 8月8日から10日までが六道参りと云って、京都の人達は珍皇寺へ出掛け、迎え鐘を撞いた後、槙の葉とミソハギを買い求め、おしょうらいさんを迎える十三日まで、かっては井戸の中に吊るしておいた。
 この井戸の中に吊るすという習慣には、一つ話がある。ここ珍皇子の井戸から小野篁(おののたかむら)が冥界へ通っていたというのである。 小野篁というとあの小野小町の祖にあたる人である。
 官僚であった篁は夜な夜なこの井戸から冥界へ通い、閻魔王に代わって、地獄行き、極楽行きを冥府の法廷で決めていたというのである。
 ここの井戸は行きの井戸であって、帰りは嵯峨野の大覚寺前の六道町にあった井戸から出てきたという。
 小野篁は詩人でもあった。「野狂」と呼ばれる有名な漢詩人であったというから、詩の中でそんな幻想の世界を歌ったのかもしれない。
 サルスベリの下に見える蓋をされている井戸が冥界への入口である。普段は拝観できないが、予約をすれば見せてくれるらしい。その時は蓋を取ってのぞかせてくれるのかどうか?一度試してみてもいいかもしれない。

 〒605-0811京都府京都市東山区大和大路通四条下る四丁目小松町595  
タグ :洛東


Posted by koyuki at 16:59Comments(0)京都の庭園