2013年02月03日
東山の長楽寺
建礼門院ゆかりの寺として知られる。平清盛の娘として、高倉天皇の中宮となり、安徳天皇を生み、壇ノ浦の戦いで安徳天皇や清盛の妻(二位尼)とともに入水したが死にきれず、源氏に捕らえられた建礼門院が、この寺の印西上人を戒師として剃髪したと伝えられる。「平家物語」
印西は「源平盛衰記」において、「知恵第一」の法然に対して、「慈悲第一」の僧とされている。
印西の後にここに住んだのが法然の弟弟子にあたる隆寛である。隆寛は法然の「専修念仏」擁護の本を書き、親鸞もこの隆寛の著書を愛読した。
寺に伝わるものに建礼門院の御影がある。しかし、この御影、赤外線写真でしか見ることができない。当時、建礼門院の御影を掛けることは源氏や北条氏にはばかられたため、墨で真っ黒に塗り潰して密かに拝んだのだろう。
紅葉の美しい寺である。裏山の長楽寺山を背景にした庭は、紅葉の時期が特に美しい。
裏山には石組みに石仏を組み込んだ行場があり、一条の滝が落ちている。
裏山を少し登った辺りからは京都市街が眺められる。
縁先に腰掛けて紅葉した庭をゆっくりと眺めた後、裏山へ登ってみた。散りつもるもみじを踏まないようにと思いつつ歩いていると、先へゆくほどに落ち葉が道をおおい、道そのものが失われてしまった。踏むのが惜しいので、そこからは引き返すことにした。
〒605-0071京都府京都市東山区八坂鳥居前東入円山町626
印西は「源平盛衰記」において、「知恵第一」の法然に対して、「慈悲第一」の僧とされている。
印西の後にここに住んだのが法然の弟弟子にあたる隆寛である。隆寛は法然の「専修念仏」擁護の本を書き、親鸞もこの隆寛の著書を愛読した。
寺に伝わるものに建礼門院の御影がある。しかし、この御影、赤外線写真でしか見ることができない。当時、建礼門院の御影を掛けることは源氏や北条氏にはばかられたため、墨で真っ黒に塗り潰して密かに拝んだのだろう。
紅葉の美しい寺である。裏山の長楽寺山を背景にした庭は、紅葉の時期が特に美しい。
裏山には石組みに石仏を組み込んだ行場があり、一条の滝が落ちている。
裏山を少し登った辺りからは京都市街が眺められる。
縁先に腰掛けて紅葉した庭をゆっくりと眺めた後、裏山へ登ってみた。散りつもるもみじを踏まないようにと思いつつ歩いていると、先へゆくほどに落ち葉が道をおおい、道そのものが失われてしまった。踏むのが惜しいので、そこからは引き返すことにした。
〒605-0071京都府京都市東山区八坂鳥居前東入円山町626
Posted by koyuki at 07:00│Comments(0)
│京都の庭園
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