2015年05月23日
京都御苑
砂利敷の広い苑路と築地塀、芝生と松林で構成される景観は、京都御苑の典型的な風景としてすっかり定着し、親しまれています。しかし御苑が現在のような姿に整備されたのは明治以降であり、それまでは約二百軒の公家屋敷が建ち並ぶ公家町を形成していた。明治2年の東京遷都に伴って多くの公家達も東京に移住し、御所周辺は急速に荒廃した。その後、天皇の御沙汰もあり、皇室苑地として整備され現在の京都御苑となった。
御苑にはたくさんの巨樹がありますが、最初の1枚は一条邸跡のイチョウの木です。樹高約21mだそうです。秋の紅葉の時期に黄色く染まったイチョウの巨樹は、祐ノ井(サチノイ)の櫨(ハゼ)とともに私の好きな景観の一つです。
京都の人はここを京都御苑と改まった言い方をせず、御所といいます。京都に住む人々にとっては憩いの場所であり、京都を訪れる人々にとっては歴史のロマンを感じさせる貴重な史跡です。しかし、その場所は平安遷都当時のものとは異なります。現在の千本通にその中心があった平安京大内裏は、たび重なる火災と再建を経て、1227年4月の焼失以降は造営されず、しばらくして荒野と化したのです。そのころの天皇は里内裏(実母の実家、ほとんどの場合が藤原摂関家の邸宅)に住むのが常態となっていました。
京都三大祭りのうち、葵祭(5月15日)と時代祭(10月22日)の二つの行列が、京都御苑内から出発します。京都に住んでいながら、休日でないためもあって私はこの二つの祭りはTVのニュースでしか見たことがありません。春は梅林、桃林、近衛邸跡の枝垂れ桜が知られています。
近くには足利義光の建てた相国寺や紫式部ゆかりの廬山寺(ロザンジ)がある。駐車場は烏丸通側(西)と寺町通(東)に二箇所あるので、ここに車を止めて散策されるのがいい。西側の駐車場は広い(250台収容)、3時間まで500円。
西側の駐車場近くにあの蛤御門の変で知られる蛤御門がある。よく見ると御門にはこのときの弾痕が残っている。
蛤御門から御苑内に入ると、すぐ右手が枇杷殿の遺址である。今は皇宮警察本部敷地内になっている。
この辺りを徘徊して平安京を偲ぶのもまたいい。枇杷殿といえば、寛弘七年、一条天皇がここを御所とし、紫式部もここで宮仕えをしていたところである。同じ時期に清少納言もここで過ごしている。
枇杷殿跡には桃林、梅林がある。春の花の咲く頃、梅林の間道をゆくと甘い梅の香りに包まれる。
今(2月初旬)はまだ三分咲きといったところだが、深閑とした空気の中を歩いていると別天地のような心地さえしてくる。静寂で詩情が溢れていると言ったら言い過ぎだろうか。
梅林から出水の小川を過ぎ、九条邸跡を通り過ぎると丸太町通に出る。 この九条邸跡が拾翠亭として一般に公開されている。3月から12月までの毎週金・土曜に参観料100円で入れる。庭にはサルスベリやモミジの木が植えられ、池面にはアオサギやアイガモが目を楽しませてくれる。
〒602-0881 京都府京都市上京区京都御苑
Posted by koyuki at 07:00│Comments(0)
│京都の庭園
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