2015年04月11日
来迎院の声明
天台宗に属し、延暦寺の別院である。慈覚大師円仁が、入唐して学んだ梵唄などの声明の道場として創建されたものである。 声明とは、インドで始まった学問の一つであるが、わが国では仏をたたえる歌謡や経を読む音律として広がり、仏教のほか民謡などの日本音楽にも大きな影響を及ぼした。
本堂には、藤原期の薬師・弥陀・釈迦三尊仏を安置し、寺宝としては平安時代の仏教界の貴重な資料を蔵している。 三千院の脇に道があり、渓流に沿って急な坂を登って行くと木立に包まれた来迎院に辿り着く。
本堂に行く手前に鐘楼が建つ。(写真) 鐘楼の脇には薄紅色の山茶花が咲いていた。 ここにも楓が植えられており、紅葉したその色が辺りを染めていた。 来迎院からさらに山道を奥へしばらく登ると前方に音無ノ滝が見える。来迎院で声明を唱える良忍上人が修行の妨げになるからと、水音を消したという伝説が残る。
本堂には、藤原期の薬師・弥陀・釈迦三尊仏を安置し、寺宝としては平安時代の仏教界の貴重な資料を蔵している。 三千院の脇に道があり、渓流に沿って急な坂を登って行くと木立に包まれた来迎院に辿り着く。
本堂に行く手前に鐘楼が建つ。(写真) 鐘楼の脇には薄紅色の山茶花が咲いていた。 ここにも楓が植えられており、紅葉したその色が辺りを染めていた。 来迎院からさらに山道を奥へしばらく登ると前方に音無ノ滝が見える。来迎院で声明を唱える良忍上人が修行の妨げになるからと、水音を消したという伝説が残る。
Posted by koyuki at 14:44│Comments(0)
│京都の庭園
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